ここは跡地です
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道具
ヒトが道具を使うとき、道具はヒトの能力を向上させる肉体の延長として機能する。ハンマーを打ち下ろすヒトには、ハンマーが自分の腕の延長として、新しい拳として感じられる。
車を運転する喜びの一部がここにある。車を運転するとき、ヒトは自分が大きく強い存在になったのを感じる。そのために人によってはハンドルを握ると性格が変わってしまう。スーパーのレジではものすごい忍耐力を発揮しておとなしく並んでるドイツ人も、車にのると猛スピードで追い越してまわる。
ただ、車は道具というには複雑すぎる機械であるから、レスポンスの遅れとか外界からの入力が伝わりにくいとか、一体感を得にくい部分がある。だから、ごく一部の人たちは、このズレを最小にしてくれるような車を欲するわけだ。
そしてミニベロだが、小径タイヤのおかげで1歩目から全開で走り出す。通常の大径車輪の自転車みたいにふらつきながら出て行くわけじゃない。そしてやはりこれも小径タイヤのおかげで、かなりクイックに振り回せる。吹雪裕也のように右に左に自由自在だ。これは完全に自分の足で歩いてる延長だ。乗り物に乗っている意識はまったくない。
通りを歩いていて、振り向いて後ろから車が来てないことを確認するのと、通りを横切る1歩目を踏み出すのが同時。あるいは、車が来ていることを確認して踏み出した1歩目を踏ん張って戻ってくる。そういったことと同じことがもっとハイスピードにこなせる。こう動きたいという意思のまま、まったく応答遅れを感じることなく、その通りのフィードバックを手に入れることができる。自分自身の機能が拡張され、しなやかな動物になったことを感じる。
確かに、この手の自転車に乗ることはスポーツじゃないと思う。より速くとか、より遠くにを追求するのには向いてない。この自転車に乗るうれしさは、もっと全然違うところにある。
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