ここは跡地です
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福井行ってきた
なんとなく。
なんで行ってみようと思ったのか思い出せなかったが、ウロウロしてたらわかった。美術館に行ってみよう
かなと先月くらいにテレビ見て思ったのだった。5時過ぎにポスター見て思い出した。
先月のことは思い出せないのに、20年前のことはよく憶えてる。大学出て熊本で実習してた。その時寮で同室だったのが福井の奴だった。
「ナンパしに行きましょうよ。オレ、地元では毎週金曜は駅前の商店街でナンパしてたんすよ。」
同期だが、オレは院卒で彼は学部卒なので一応敬語。
「班の人にナンパスポット聞いてきたんで、今週行きましょうよ。楽しみだな」
あんまり、しつこいので一緒に出かけた。福井の彼は必要があったんだろうが、オレは熊本からなら毎週末帰れるので特に必要を感じていなかったが、つきあいで。
金曜日の夜、連れ立って熊本の下(しも)通りを歩きながら、彼は言った。
「オレ、こんな大きな街、初めて来たっす。」
「ちょっと福井と勝手が違うなあ。オレ、こんなに人の多いところで、どうしたらいいのかわからないっす」
結局、下通りを2,3回往復して帰った。

なるほど、福井はこじんまりしてた。20年前、熊本の後に赴任した宇都宮くらいの規模か。違うのは、ティーンエイジくらいの女の子が結構たくさんいる。20年前の宇都宮は週末には東京に遊びに行くので(?)若い子は街にはいなかった。
女の子がこれだけいて、街は小さいので網を張るのはたやすいだろうから、ナンパに精を出すのは自然なことかも。女の子たちも、おしゃれだし。
最近、オレの中の都会のおおまかな尺度として、女の子が街にたくさんいることを上位に考えるようになっている。そういう意味では福井はまあまあ都会だ。しかし、田舎の尺度である、探さなくてもホテル・ルートインの場所がわかることも同時に満たしている。ちなみに、オレの中の絶対的な都会とはイオンモールのことだ。福井にはイオンモールもない。

ところで、オレが今いるところは福井よりもめちゃくちゃに田舎だ。女の子が歩いてることはほとんどない。18歳になれば、みんな車に乗って出かける。車がなければ電車で最寄りの都会に出かける。あるいは、出かけるところもないので家にいる。そんなところか。
福井の彼は、熊本下通りの人の多さが彼の生活基準に合わなかった。オレには下通りはむしろ人が少なく感じられる。そんなオレは、逆に今住んでるところでどうしていいのかわからない。
こんなに人がいなくて、どうやって恋愛したらいいんだろう。声をかけようにも、そもそも女の子が歩いてないのに。オレも女の子も双方車に乗ってすれ違うとき、なんかチャンスってあるんだろうか。
都会にはチャンスがいくらでもある。こんなおっさんになっても飲み屋で一緒になった20代の女の子の肩を抱いて飲むことだってできる。田舎では難しいような気がする。オレが田舎の文法を知らないだけなのかもしれないけど。だいたい、オレは恋愛する必要ないし。でも、街に女の子がたくさんいるほうが楽しい。関係なくても。

福井は、結局、ただ電車乗りに行ったようなもんで、取り立てて見るところもなかったけど、ノドグロがとても美味しかった。また食べたいけど、福井である必要はない。
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できたての牛丼
某所のすき家に「できたての牛丼弁当」という看板があがってて、一時期とりこになってた。
牛丼弁当はどのレベルでできたてといえるのか。弁当箱に盛った時点でできたてを称することができるのか。それとも本当に料理としてできたてなんだろうか。行ってみなかったのでわからないが、行ってもわからないだろう。

昨夜、吉野家に行った。それなりに客が入ってた。
なんか出てくるの遅いなあと思って厨房の方を覗くと、調理台に親子鍋というらしい親子丼を作るのに使う柄が立ったお鍋が乗っかっていた。あんなメニューあるんだ。最近、いろいろあるもんな。牛丼しか食ったことないけど。
と思って見ていると、鍋が火から降ろされ丼に装われ、そのままオレの前に出てきた。牛丼だった。
いつからこんなことになってるんだろう。吉野家の牛丼って、大きなお鍋に支給のお肉とたまねぎと粉末つゆの素放り込んでできるもんだと思っていたのに一杯ずつ作ってた。
うまい具合に次の客も牛丼を頼んだので見ていたが、予め一人前に小分けしてある材料を親子鍋に放り込んでた。オレの分だけじゃなかった。牛丼はできたて時代になってるらしい。
できたての牛丼は、心なしか、いつもより美味しくない気がした。しかし、考えてみると行く度にいつもより美味しくないと感じてる気がしないでもない。
書き順
家内が金切り声で叫んでる。
「書き順が違う!」「あっとうよ!」息子が言い返す。
娘も交えて、しばらく言いあった末、調べてみると2人とも違ってた。
書き順って、いつまで引きずって行くんだろう。21世紀にも必要なんだろうか。
オレは書き順が重要だと感じたことがないし、そもそも口論の対象になっていたその字をオレは書けなかったし。
と、思っていたら正しい書き順と一般に思われているものは、指導上の配慮から基準として提示されているものだそうで、絶対的な正しさを示すものではない、と。
と言うことで、書き順は重要ではないというオレの認識は正しかった。ただ、この話をすると家内は相当機嫌悪くするに決まっているのでしない。息子はこれからも理不尽に家内の攻撃を受けることになるが、しょうがない。本当にそれが正しいと信じて主張し続ければ、そのうち陽の目を見ることもあるだろう。それまで頑張るしか無い。
ところで、初期のシャープZaurusの仮名漢の手書き認識は書き順にうるさかったと聞く。コンピュータに書き順が違うとか指摘されるのって、どんな気持ちだろう。書き順にこだわるあたりが、なんかZaurusって感じがしてしまう。
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