ここは跡地です
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ラムネ温泉
以前から家内と娘が行きたがってた。
テレビでやっていたらしい。炭酸泉日本一だそうだ。船小屋温泉じゃだめなのかな
行き方を調べる。正式な地名は長湯温泉だ。最寄ICは湯布院らしい。210号線を南下して庄内で右折。ということになりそうだ。


(大きな地図で見る)

ところが、ラムネ温泉館のサイトにある

この地図だと、もっと近道がありそうだ。
湯平温泉を抜けていくルートだということはわかるのだけど、見つけられない。かなり長いことGoogleMaps見てたけどわからなかった。
結局、行きは竹田市街に出たかったので、熊本方面から阿蘇を突き切って行った。
ラムネ温泉、と家内は言っていたが、正確には長湯温泉の「ラムネ温泉館」で、行ってみると駐車場はほぼ満車だった。
車を停めて、中に入ろうとしたとき、家内が張り紙を見つけた。「本日は4時10分頃80名の団体がいらっしゃいます。脱衣場が混雑することが考えられます」
えーっ、やだー、と言うのは娘。オレも嫌だ。中がどれだけ広いかわからないが、駐車場に停まっている車の数でも結構な数なのに、この上、観光バスでやって来る数をさばけるとは思えない。折角、温泉に入るのにゆっくりできないようじゃ、何しに来たのかわからない。
家内は、折角来たので入ろう。「20分あるから入れるって」 入れるかも知れないが、ちょうど上がったところに、団体さんが到着するだろう。却下。別のところに行く。長湯温泉には、ラムネ温泉館以外にも幾つも施設がある。
万象の湯に行った。ガラガラだった。いや、ガラガラとは言わないんだろうけど、ゆっくり出来るくらいの客入りだった。設備の違いがあるだろうからなんとも言えないけど、ラムネ温泉館、ネーミング勝利だと思った。インパクト強いから。家内みたいに、長湯温泉=ラムネ温泉=ラムネ温泉館と思っている人は多いだろう。
非常にゆったりだったので、炭酸泉も十分長い時間堪能できた。失敗だったのは、この炭酸泉は冷泉だということ。温度をあげると泡ができないらしい。ちゃんと調べて来たら良かった。ゆっくり入れるように涼しくなるのを待ってやって来たのが裏目だった。夏の盛りの方が満喫できただろうに。
帰り道には地図にある湯布院方面近道の標識が出てるだろうと思って出発したが、見つけられなかった。普通に、庄内まで出た。大分っぽい、細い山道だった。
帰ってきて、GoogleMapsで復習していると、近道を発見できた。だいぶ拡大すると出てくる白で描かれた道だ。

大きな地図で見る
だけど、この辺で、このレベルの道路を選ぶのはえらくリスキーな感じがする。国道だから広いというのは幻想だということはわかる。でも、地図でもわかるとおり、このあたり行き止まりの道も多い。知らない人には難しいと思う。実際に行ったわけではないのでわからないが、ラムネ温泉館のサイトにあるイラスト地図、遭難するレベルなんじゃないかって思った。
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うちの子供たちの小学校 その2
少し前によく取り上げられていた問題。
うちの子供らの学校にも、給食費を払わない親が相当数いるらしい。
割と驚くような数いるようだが、本当に驚くのはその数字ではない。
その中に小学校の教員も入っていることだ。そして、それは1人ではないらしい。
うちの子供達の小学校
どこか上の方からのお達しか、学校内は禁煙らしい。
先生は門の外で吸っている。
「先生、サヨウナラ」
子供達は、タバコを吸う先生の前を通って帰る。
学校が禁煙なのは、非喫煙者の先生の受動喫煙を無くすためか?
教育ってそんなもんか。
教員の問題
2chでおもしろい書き込みを見た。
コールセンターに掛けてくる客でクレーム目的なのは教員が多いらしい。なんで教員とわかるかというと、本人が最初にそう名乗るからだそうだ。
ありそうな話だと思った。
書き込みは、先生は世間知らずなので、と続いていた。
学校出るとすぐに先生になる。学校の中のことしか知らない先生は世間知らずだと、オレも思ってた。
最近は違う。
学校の先生という職業が他と違うのは、絶対権力者であることだ。教室の中では30人、40人の子供達に対して絶対的な支配権を持っている。そこには、どんな嘘も指摘できる者は一人もいないし、どんな不条理にも反抗するものはいない。文字通りの絶対的な権力を振るうことができる。
半年前に福岡で逮捕された英語教師。保護者に対して性教育の一環として乳をさわることがあるという承諾書を出させてたとか。そんなことは絶対教員じゃないと思いつかない。絶対権力者の発想だ。
他の先生と呼ばれる職業でも、これほどの権力を手に入れることはできないんじゃないか。小沢さんだって、教員並の絶対権力を持てたことはないだろう。他の職業には、通常商売敵がいて、先輩後輩がいる。先生と呼ばれてても、頭があがらない人はたくさんいるもんだ。教員のように、密室に独りきりで、経験25年のベテランも先月まで学生だった新人も同じことをして、同じように権力を行使する職業は他にないのではないか。
権力の座について、それに溺れてしまうことは珍しくない。それが絶対的な権力で、何年も何年も続くんなら、まともで居続けることは相当難しいだろう。そうやって、普通の人が教員に対して抱く違和感は築かれるのだと思う。

授業というものが1:Nで行うことが必須なのか、オレは疑問に感じる。そんなギリシャ時代からやってるやり方で現代に通用するのか。オレはM:Nの授業があってしかるべきだと考える。たくさんの大人と接することが教育だと思う。昔はそれを地域がやってきた。隣人の顔も分からない現代では学校がそれをしてやるべきだ。
教師が足りないなら、民間から連れてくればいい。職が無くて困ってる人はたくさんいる。
しかし、その人達は教員免許を持ってないだろう。これも教員が他の職業とちがう所で、教師は特別だと考えている。他の職業の人なら誰でも知っているが、どんな職業も特別なのだ。教師だけが特別だということはない。
むしろ、教師こそは誰でもなれるもんだ。どんな人からも学ぶべき点はある。昔は、町内に一人くらい、明るいうちから飲んでるような鼻つまみ者がいた。そして、子供達は、できればああはなりたくないと感じていた。彼だって立派な先生だった。

その後どうなったか知らないが、鳩山さんは教員の質を上げるために大学を6年制するとか、研修を充実させるとか、案があった。そんなことでは教員の問題は解決しないと思う。学校は21世紀に即したやり方にかえるべきだ。そして、それは教科書をiPadにすることではない。
時代がウィリアム・ギブスンの小説に追いついてきた
アメリカの大手コンピュータメーカーの元CEOがクビになり、大手ソフトウエア会社の社長に就任して訴えられるとか、日本の人気IT会社の花形技術者が別の人気IT会社に移籍とか。
一方で、大学出ても就職できない人たちがたくさんいるとかで、こちらもパンクな雰囲気。
レバノン人の親を持ち、ブラジルで生まれ、フランスで育った社長の会社がマレーシアで生産したクルマを日本に輸入するって無国籍すぎる。
マスコミは国家が如何に頼りにならないかを毎日喧伝してる。こんなご時世だと企業に守ってもらえることがどれだけありがたいかわかる。
どこの国の国民なのかより、どこの社員なのかが重要な世界。

スプロール3部作から25年で、ギブスンの世界が実現しつつあるな。
ただ、ギブスン自身が描く世界は、どういうわけかどんどん現実に擦り寄ってきて、今ではコレはSFなの?ってところまで来ているところは甚だ残念ではある。
昨日の午後からのまとめ
午後、Chromeの最新版、6が出てることに気がつく。
    ↓
入れてみる
    ↓
夜、スペースバーでスクロールしないことに気がつく
    ↓
IMEがONになっているとスクロールしないらしい
    ↓
深夜、我慢できなくなる
    ↓
5のインストーラをダウンロードする
    ↓
6が入っているとインストールできないので、6をアンインストール
    ↓
"閲覧データも削除しますか?" いいえ
    ↓
5をインストール
    ↓
起動時に”新しいプロフィールを読むには新しいバージョンを入れてください”と言われる
    ↓
今朝、デフォルト検索がYahoo!になっていることに気がつく
    ↓
Googleに設定しなおすと落ちた
    ↓
どうしても設定できないので、再度インストール
    ↓
"閲覧データも削除しますか?" はい
    ↓
ブックマークやらエクステンションやら、設定し直す
    ↓
フォントが小さくなっていること気がつく
    ↓
設定ファイルで最小のフォントサイズを設定できることを知る
    ↓
設定する
    ↓
念のため、Chrome再起動
    ↓
ツールバーがグレイになっている
    ↓
6にアップデートされてしまった
    ↓
この記事を書き始める  ←書き始めた時の着地予定位置
    ↓
PCがピコピコ鳴り出す
    ↓
マウスカーソルが動かなくなる
    ↓
"USBデバイスを認識できません"
    ↓
マウスが光ってない
    ↓
普段全く使わない右サイドボタンを押すと少しの間光る
    ↓
完全に死んだ
    ↓
マウスはずして、続きを書く
    ↓
ポインティングデバイス無しで、Googleの検索結果からジャンプするのは至難の業であることに気がつく
    ↓
マウス買いに行かなきゃ
    ↓
出かけるの面倒くさい
    ↓
とりあえず開けてみるか
    ↓
開けてみてから、手元のUSBポートに繋いでみる
    ↓
調子いい
    ↓
なんかわからないけど、これでいいや。全部元に戻す
    ↓
光らねーぞ
    ↓
死んでるの、KVMスイッチか
    ↓
KVMスイッチはずして、直付け
    ↓
今までにないくらいマウスカーソルがスムーズに動く
    ↓
2年以上悩まされ続けたチャタリングもなくなってる
    ↓
チャタリングキャンセラーもはずす
    ↓
絶好調、なう
    ↓
しかし、むなしい
見た目で勝負だぜ
このデザインにしたら、ページビューが10倍になったですよ。
確かに前のは見にくかった。出来合いのテンプレの中から"字が大きいの"を選んだので。
一般的なサイトは字が小さすぎると思うんです。でも、明朝体でデカイ字だと、なんか汚く見えるんだよな。なんで、ずっと変えたいとは思ってた。
で、変えてみたら10倍ですよ。やっぱ、見た目です。ほとんどの人はページが表示された瞬間に戻るボタン押してたのが、ちょっと見てみようかなって人が増えた。だいたい、オレ自身が前のは見る気がしなかったから。

最近、テレビ見てて思うこと。
参院選の後、雲隠れしてた小沢さん。絶対、笑顔の練習してたんだと思う。別人になってるもん。勝負かけてるんだというのがわかる。

ヘッダーの画像はWIKIMEDIA COMMONSから頂きました。オレの第5くらいの故郷であるWolfsburg。どなかたわかりませんが、ありがとうございます。
右手の明るいところが長谷部選手がプレイしてるスタジアム。真ん中の明かりはAutoStadt。その左の背の高い煙突4本はVWの工場。さらに左で煙吐いているのが発電所。WIKIPEDIAに行くと、窓の中の灯まで見えるデカイ写真が見れます。
サラスポンダ
小学校低学年で習った、この歌を、35年経った今でも歌うことができる。
なのに、何の歌なのか、全然わからない。
きっと、死ぬまで忘れないだろうけど、意味もわからないままだろう。
中の人などいない!の世代差
初めて息子をFポンに連れていった時。
幼稚園だった息子の第一声は、「アレ、人が乗ってるの?」だった。
なるほど。息子の世代ではクルマに人が乗っていることは必然ではないのか。
考えて見れば、生まれた時から身の回りには勝手に動きまわるものであふれてるわけだし。目の前のクルマは何台も走ってるけど、どれも同じところを同じように走ってるだけなので、でかいおもちゃに見えるかもしれない。おもちゃの方が、もっとランダムで有機的な動きするし。
それにしてもクルマは人が運転するもんだろうと思うのは旧世代に属する人で、淡路島のテーマパークで無人運転バスを経験済みの息子には通用しない。同じところを走るだけなら人が運転する必要はない。

昨日、突然、息子がハック、リック、ホックの話をしだした。ホークスのマスコット、ハリーホークの甥っ子3人組だ。
「あの中にも人が入っとっちゃろう?」
いくらなんでも小学校高学年の質問ではないのでないか。
「アホかオマエ。他に何が入っとん?」
「いや、機械が入っとんかなあと思って」
ああ。オレにはその発想はできなかった。それで、ハックたちだったのか。ハリーは人が入れそうだけど、ハックたちは小さいからどうなんだろう、と。
確かに、アシモみたいのが入っていてもおかしくないかも。でも、アシモより有機的な動きするし。で、先の疑問になった、と。機械が入ってる可能性もわずかながらある、と。

オレには、無人運転バスもアシモも衝撃的にすごいことなのに、ほとんどものごころ付く前にそれを経験してる息子の世代には普通のことでしかない。オレの世代がスタートして積み上げてきた技術基盤が、息子たちの世代のスタートラインなわけだ。旧世代のオレは、新世代の自由な発想を摘み取らないようにしてやりたい。ただ、現実にその瞬間に出くわすと、どうしても否定しまいがちだけど。いや、他のなんにでも否定的になってきてるからな。どんどん、おっさんになって行く。気をつけないと。
自転車のバルブ
自転車がパンクしてると家内がいう。
もう毎度毎度面倒くさいので、ダイソーで虫ゴムの要らないバルブ買ってきた。どうせ、バルブがへたってるだけだろう。
交換してからパッケージの裏の説明に、「まずバルブが真上に来る位置にして水を張ったコップにつけてみましょう。泡が出るようならバルブの交換が必要です」と書いてあることに気がついた。
なるほど、確認してみよう。
実際にやってみると、何回やっても買ってきたばかりのバルブでは漏れてしまう。元々ついてたバルブでは何の問題もない。良かった、説明読んどいて。
チューブ引っ張り出して、バケツに入れると本当にパンクしてた。と、言うことで、結局、普通にパンク修理した。
今日、オレはダイソーで、自転車のバルブのチェックの仕方を105円也で買ってきたということにする。
野球の統計
学生時代、高校野球の県大会決勝を観ていた時のこと。
「解説の〇〇さん、やはり高校野球では先取点の持つ意味大きいですよね」
「ええ。ここに過去××年間の統計があるんですが、先取点を取ったチームが54%勝っているんです。このことから、先取点を取ったチームが有利であることがわかります」
オレは、思わずテレビにツッコミを入れた。54%って。半分じゃん。
画面が変わって、放送席が写った。解説の〇〇さんは大学で体育の授業習ってた先生だった。
54%という数字は、普通の人ならほぼ半々と考える数字だろう。でも、よく考えると野球というゲームは0点では絶対に勝つことができない。先取点を入れなかった46%のチームには、無得点でゲームを終えたチームもあるはずだ。無得点のチームは有利か不利かという議論の対象外ではないか。そうすると、ますます先取点をトルコとの有利性は薄くなってしまう。

ホークスの2軍監督、鳥越監督が現役時代のこと。
ファンは、鳥越選手がヒットを打てば、チームの勝率7割とか8割とかいう話をしてた。マルチヒットだと勝率10割とか。
一見、鳥越選手が打つことがチームを勝利に導いているような印象を受ける。ムードメーカーの鳥越選手が打てば雰囲気が良くなることはあるとは思う。でも、この統計が示す事実は、鳥越選手でも打てる投手が投げていれば、チームは勝利に近くなるということだろう。チーム一、打力の弱い選手が打てるのであれば、他の選手に打てる確率はさらに高いし、連打も期待される。得点しやすいし、勝利しやすい。

送りバントの是非について。
送りバント否定派の人たちは、ノーアウト1塁からの得点確率は送りバントをした時よりもヒッティングした時の方が高いという。
このことは、鳥越選手のヒットと同じ話だと思う。ヒッティング策を取るということは、連打を期待できる投手が投げているということだろうし、ヒットが期待できる選手が打席に立つということだろう。逆に、とても打てそうにない投手が投げていて、ヒットが期待できない打者の打順なら、普通はバントだろう。
元々のシチュエーションからして、ヒッティング策を選ぶ場面の方が得点に対する期待が高いことが考えられる。
ノーアウトからフォアボールのランナー、次がラミレスだったら普通なら非常に期待される場面だろう。だけど、投げてるのがキレキレのマエケンで、1点勝負が見えてるんだったら、ラミレスじゃなかったら、バントできたのにって考える。
シチュエーションが違うのに、同じ議論はできない。

野球にはいろいろな統計が出てくるが、あくまで統計だ。3割バッターは、いつ、どんな投手とあたっても3割打つわけではない。必ず統計通りの確率ですべての事象が決定するなら、すごろく見てても変わらないと思う。
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