ここは跡地です
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教育のこと
息子が今、隣で本を読んでいる。
幸いなことに息子は読書好きで、しょっちゅう本を読んでいる。そのわりに、返ってきた国語のテストを見ているとトンチンカンなことが多いが。しかし、これだけ本を読んでいれば、そのうち改善されるだろう。
極端な話、平方根とか、わからなくったって、何の支障も無しに生きていける。だけど、相手の思っていることがわからない、自分の気持ちを伝えられない、では幸福な人生を送ることはできない。
多くの親は、子供に読書の習慣をつけるように望む。図書館司書の方は、どうすれば子供を読書好きにできるか訊かれることも多いというコラムを読んだ。そのコラムは、そう尋ねる親が、だいたい読書なんかしたこと無さげと続いていた。
教育って、そんなもんだろ。子供が早くそうなりたいって風なところを大人がちゃんと見せてやらないと。仕事に追われまくって、休みもないような大人見て、いつかそうなりたいなんて思わないよ。大人になったら、いいことばっかりだよというのを見せてやらないと。
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変えました。
最近の風潮だと、computerが殺した風ではないので変えました。
かといって、クローム再襲撃な感じでも無いんですけど。
時間の絶対性
前に時間は相対的なものだって書いた。今度は、絶対的なものだということを書きたい。
商売柄、いろんな人を見て、優劣をつける立場にあるわけだが、その差は、イコール時間の使い方の違いだと感じずにいられない。
できる奴は、今その時間が何をするべきなのかわかっている。そして、当然、するべきことをする。できない奴は、その時間に何をするべきなのか、知っていても知らなくっても同じなのだが、するべきことをしない。するべきことはせずに、他の時間にするべきだったことをやっていたりする。最悪なのは、ただ口を開けて、ただただ無駄に時間を過ごしてる。全く無駄に浪費している。そして、その時間にやるべきだったことを他の時間を費やしてやるわけだ。もちろん、その時間には、他にするべきことがあったんだろうが。
時間は、誰にとっても均等にしかない、非常に限られた資源だ。どんなに金を積んだって時間を買うことはできない。無駄に使った時間を取り戻すことはできない。
唯一、絶対的な価値を持った時間という資源を如何に上手に使うかが、その人の能力になって現れていく。10000時間の法則まで行かなくても、日々刻々と過ぎていく時間の積分量として自分はあるのだ。
そして、問題は他にもある。他人を観察して、こういう結論に達しても、自分自身を見る目は違うのだ。今日1日休みだったわけだが、オレは一体、何をしてたっけ?
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