ここは跡地です
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サイクリングヤマト便
せっかくの連休に自転車に乗れないとつまらないので、福岡に持って帰ってきた。
大阪に送るときには、自転車屋さんでダンボール貰ってきて、しっかり梱包した。自転車は他の工業製品と違って、メーカーから半完成状態で自転車屋さんにやって来て、自転車屋さんで最終組立てされる。こうすることで輸送費を浮かしているのだ。なので、この時のダンボールを使えば最小の輸送費に抑えられるはずだ。
しかし、組立て後の自転車をもう一度 この箱に収めるには そうとうバラさないといけないし、バラせば余計な養生や再組立て、再調整やら必要になって かなり面倒くさい。
なので、サイクリングヤマト便を使うことにした。
これは日本サイクリング協会から1000円でタグを購入することで利用できるサービスだ。輪行袋にタグを付けると運んでくれる。逆に箱に入れると運んでくれないらしい。業者、メーカーが大量に使うと困るからだろう。
このサイクリングヤマト便についてググると、ググらなくてもわかるだが、このサービスについて誰も知らないことがわかる。サイクリングヤマト便について書いてあるサイトには ほとんど現場の人はこのサービスを知らないと書いてある。当の日本サイクリング協会のサイトには現場の人は知らないのでクロネコのお客様センターに電話してもらってサービスを確認してもらえと書いてあるし、逆にクロネコのサイトには 何処にもこのサービスの記述がない。
クロネコのサービスセンターでサイクリングヤマト便を申し込んだが、受付のお姉さんはサイクリングヤマト便、知らなかった。取りに来てくれた集荷担当のドライバーは WEBで調べたけど、そんなサービスはありませんといいながらやってきた。クロネコの名前の入ったタグを見せ、日本サイクリング協会の説明書のサービスセンターに電話して貰ってくださいを見て、ようやく このサービスが本当にあることを納得してくれた。
しかし、担当のドライバーさんは、”うちは全部、1m×1m×1.5mの小さな引越し便のコンテナに入れて運ぶんで、立てて運ぶことになるんですが大丈夫ですか?”という。自転車は立たないだろう。輪行袋に入れた自転車は支えてやらないと自立しないような不安定なものだ。だから、きっとコンテナ2つで運ぶことになるだろう。JCAのタグにはでかでかと取り扱い注意と書いてあるから大丈夫だろう。
しかし、~だろう、のような甘い認識は往々にして覆される。昨日、オレが家について最初に見たものは逆立ちした輪行袋の姿だった。オレが全く予想もしなかった方法、ハンドルとフロントフォークの3点支持で立っていたのだった。
まったく考えが甘かった。冷静に考えれば、誰も知らないようなサービス、電話で確認して貰って下さい、みたいなサービスはないのと同じなのだ。輸送にかかわっている人全員が電話で確認してくれるわけないし。現場の人たちには他の荷物となんら変わりはない。ましてや、オレの輪行袋はご丁寧にエアキャップでぐるぐる巻きにしてあるので例のタグは全く用を成していなかった。
結局、あのタグは何なんだろう? JCAにお布施して、お守りのお札貰っただけじゃないか。現場の人たちはサービスのこと知らなくても運ぶ気満々で取りに来てくれたぞ。オレの自転車は小さいので、あのタグを付けて60kg運賃で運ぶのは返って割高なのだ。輪行袋で送れるといっても、やっぱりそれなりに保護、梱包してやらないと心もとない。オレだって馬鹿じゃないから、ちゃんとフロントフォークはダンボールで保護材作って入れていたのでなんとか助かってるが、だいたい、このサービスは旅行先に気軽に自転車を持って行けるようにするのが目的のはずだ。持って行くのはいいが、旅先から送り返すとき、いちいち梱包やってられるか。
という次第なので、日本自転車協会には猛省していただいて、今後のサービスの発展につなげて貰いたいものである。
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B型の特徴
今の仕事が嫌いだ。
そんなことは、最初からわかっている。入社面接の時にも そう言った。オレはこの仕事が嫌いだ。仕事の内容も職場環境も。そもそも好きだったら、最初の会社を辞めなかったろう。オレには この仕事は向いてないのだ。毎朝、自分から刑務所に監禁されに行ってると感じてしまう。この仕事は、もっと地道に、マメに、辛抱強くやってく人向きだと思う。
実際のとこ、今の仕事は面接を受ける前から、ノリ気じゃなかった。だけど、オレ以外はそうじゃなかった。特に家内。”占いだと、あと2、3年は福岡に帰れないって言ってたのに!”って。そんな話はしたことなかったのに、帰りたかったんだ。
あと、姉貴。親父を1人にしとくのは心配だけど、だからって嫁に行った姉貴が帰ってくるわけにはいかないし。”あんたが帰ってくれると安心”だと。
そんなわけで、福岡に帰ることにしたのだ。引越し代もでることだし。
福岡に帰ってきて1年過ぎたわけだが、実際に福岡に居たのは4ヶ月だけだ。ドイツを予定より2ヶ月早く引き上げてきての4ヶ月だ。うち1ヶ月半は前の会社の有給残だし。親父を1人にさせときたくないから京都から引っ越したのに、なぜか今、オレ1人だけ大阪で暮らしてる。そうなったら辞めようと思っていて、実際そうなったハケンやらされるのに、辞めれなかったからだ。福岡で暮らすことと 向いてない仕事のトレードオフだったのに。

姉貴との会話の続きで、オレは自分がやりたいことをやりたいからあんまり転職にはノリ気じゃないと言った。姉貴に、そんなのは若い人の考え方だって言われた。オレは、そうじゃなくて そういう風に考える人が若いのだと思ったが言わなかった。
1年くらい前によく2chに貼ってあったコピペ、B型の特徴、40歳過ぎて夢を語るって 最近見ないような気がする。40歳過ぎて夢を語るのは良くないんだろうか? オレには、職場のあの人たちが日々、何を糧にして生きてるのかわからない。あの人たちみたいに羊のように黙々と生きていく方が良いのだろうか?
やりたことをやりたい。本田宗一郎さんはマン島レース出場かなんかを決めたとき、”やれるかどうかは知らんがオレはやりたいよ”と言ったそうだ。 一生懸命生きるのと、生きるのに一生懸命はだいぶ違うよなと思う。
こけた
昨日の朝、職場の階段でこけた。
最近こけることが多いような気がするのは、今までは車でドア・トゥ・ドアで生活してたのでこけることがなかっただけだと思いたい。
悪いことに左足首を捻挫したらしい。えらく腫れてる。これからゴールデンウィークだというのに、歩くのもままならない。
厄年がこれくらいで済んでよかったと考えるようにする。先日、ヘルニアで入院している同級生の見舞いに言ったばかりだからな。捻挫と前立腺炎くらいなら良しとしないとな。
知らなかった言葉
はっきり言ってドイツに行ったときよりも、今の方がカルチャーショックが大きい。えー!!!という驚きの連続だ。さすがにここで書くのはまずいのでネタにならないのが残念である。
最近になって知った言葉に現図というのがある。ずっと字が間違っているんじゃないかと思っていたが、検索するとこれは造船業界の用語らしい。現尺の図面、ということらしいが、やっぱり字が間違っているような気がする。材料の切り出し等に使う原寸の図のことらしい。英語で言う、patternやtemplateのことのようだ。しかし、今どき造船だって切り出しはNCガス溶断のような気がするが、21世紀に現図が必要なのかわからない。
今日知った言葉、「投象」。ゾウを投げるって、どんだけ力強いねんって思ったが、これも図学では正式に使われる言葉らしい。オレは投影と習ったと思うが、普通の学生だったオレは図学なんかまじめに聞いていなかったのでわからない。
手が空いてたら図面修正して欲しいと言われて、暇だったので今日はそれをやったのだが止めとけばよかった。女の人は設計には向いていないと思った。
図面に朱書きで「太い?」とか書いてある。どうしろというのか? JISに規格されていないローカルな製図法のことなんか オレにわかるわけない。太いほうがいいんですか?って聞くとセクハラっぽいので、無難にどうしたらいいんですか?と聞くと、「太くないですか?」とくる。あぁ、確かに太いよ。だから、どうしろって聞いてるんだよ。
誤記とか寸法抜けとかの訂正で1時間かからないで終わると思っていたのに、最後の図面に副投象と書いてあった。なんだ、これ。図面に副投象と書けばいいのだろうか? わからない。で、聞きに言った。「どうしたらいいんですか」「副投象にしてください」「…」「この面がゆがんでるでしょう」 オレは矢印を書き込んで、「こっちから見た絵にしたらいいんですか?」「そうです」 どうやら、その面の正投影を描きたいらしい。広辞苑には投象は投影に同じと書いてあったのに、なぜか正副入れ替わっている。そして、投影面を変えるということは、図面描き直しじゃん。
描き直すと更に朱書きして持って来られた。で、内容を聞いてるうちに、このねえちゃんは投影法を理解していない疑念が沸いてくる。やはり女性は空間認識能力に劣るのだ。別にセクハラじゃなくて、それが性差なのだからしかたない。結局、全部直すのに午後中かかった。
先日書いたオレの最初の上司に「大学出て来ると投影法がわからないんだよな」と図学のテストをされたことがあるのを思い出した。今はCADがあるから投影法わからなくても困らない。それどころか設計も製図もわからなくったって、ハケンがやってくれるから問題なし。ハケンも面倒くさいから、インドや韓国に外注しよう。世の中、どんどん便利になるよな。
そんなこと、オマエが考えることじゃネエー!
オレが就職して最初に描いた図面は、順調に出図予定を遅れた。
2週間くらい遅れたような気がする。
で、メーカーの人に泣きつかれた。これじゃあ、試作 間に合いませんって。なので、オレは上司にそう言った。間に合わないって言ってます。
すると、オレは頭ごなしに上司に怒鳴られたわけだ。
”そんなこと、オマエが考えることじゃネエー! そんなこと、購買に任せとけばいいんだ! オマエが余計な事考えるんじゃネエー!”
オレは上司に好かれてなかった。辞めるときに本人がそう言ってたので間違いないと思う。まあ、オレは上司に好かれるような人間じゃないのは事実な気がする。
そうは言っても、オレの図面が遅れたことが原因でメーカーだって遅れてしまうわけで、どう考えてもオレのせいで遅れてしまうのだ。なのに、遅れたことを怒られるのではなくて、オレのせいで遅れてしまいそうなことを心配することを怒られたわけだ。
この出来事は、その後のオレに大きな影響があったような気がする。
つまり、こういうことだ。会社は人だが、人は会社じゃない。 図面を描いていたのはオレだが、オレの図面が遅れること、遅れそうなことに、会社は必要な手を打たなかった。遅れたのは会社の責任だ。
例えば、担当者が明日交通事故で死んだら? 会社は取引先に担当が交通事故で死んだので間に合いませんでしたって言うの? 言われた方はそれで納得できるの? 取引先だって、その取引先にどう説明するのよ。
それが間に合わないなら、それは会社の問題だ。会社が何か考えるべきだ。締め切りを延ばすとか、担当を増やすとか、オレより優秀な奴に代えるとかいろいろ やれるでしょ。全員がこの方向で考えたら、3時にチュースって帰っちゃう世の中になるんじゃないかって気がする。オレには、深夜残業の毎日を送る社会も毎日3時(昼ね)に帰宅する社会も生産性は そんなに変わらないんじゃないかって気がするよ。
そりゃ社会は簡単には変わらないだろうけど、責任がオレにあるんじゃなくて、会社にあることを知ってる(そのように考える)ことは 精神的にはだいぶ楽じゃないですか。それで会社がつぶれたって、オレは次の会社見つけるだけだもん。やっぱり、会社の問題だよね。
夕べ、友人宅で
劇的ビフォー・アフターって番組を初めて観た。
観たって、飯食ってる脇でテレビ着いてたってだけだど。
漠然とPimp my rideの家版と思っていたのだけど、こっちは自分で実費を払わなきゃいけないらしいね。免除になるのは設計料だけだと友人の嫁さんは言ってた(合ってる?)
しかし、こんな建築屋の好みでいらなそうなもん一杯つけられて金取られるのは、納得いかない気がする。でも、この番組は結構長くやってるような気がするので、世間の人はそうではないのだろう。
で、毎度言うように建築は一つ一つ手作りなので建築屋の出番は多い。車はそうはいかない。オレ的にはこれの車版があればなあって思うけど、つまりそれがPimp my rideじゃん。日本ではPimp my ride やらなくて、劇的ビフォー・アフターやるのは、やはり車を改造することは悪いことだからだろう。ドイツでは普通の人が普通に自分の家の改造とか建て増しとかやってたから、逆に劇的の方が人気なさそうだ。欧米人には、まだできてない建物、部屋を買うという感覚がわからないらしいし。実物見れずに買えるかって。
検索したらPimp my rideはネットで観れる様だ。どうせLeo-netでは遅くて視聴に耐えないだろうから、ゴールデンウィークのお楽しみにしとこう。
そういえば、先日オリジナルの車が走ってるのを見たことがないって書いたけど、トミーカイラZZが走ってるのを見たことがあるのを思い出した。がんばってたのにね、トミーカイラ。残念。

ところで、食事に誘われといて、こういう感想を持つのも甚だ失礼だが、うちの家内は料理がうまい。再認識した。オレはオマエと一緒になれて良かった。単身赴任じゃ 意味ないけど。 安田成美くん(同い年だ)のCM観て、安田成美くんが子供の母親だったら、人生幸せかな?とか思ってたけど、考え直すことにする。
今日、サイクリングロードで
初めて立ちゴケする人を見た。


爺ちゃんに、「あの飛行機は朝鮮まで飛んで行きよるしな」と話しかけられた。振り返って探してみたけど、オレには飛行機は見えなかった。


三度目の正直で、廣川に行けた。今日は風向きが逆だったのと1時間早く出たことで12時前に着いた。日曜日のお昼には並ばないと食べられないことを知った。ハイシーズンの嵐山なのに並んでいるのは京都の人だけだ。みんな近鉄がなくなった話をしてた。
うまかったけど、次、どうしても喰いたいか?と言えばそういうことはないな。なかなか会えない女の子と同じで幻想が膨らんでしまってたのだ。うまいけどね。
Mechanical art
再び建築のことを考える。
建築のうらやましい点は、多くの人が建築はアートだと考えることだ。それは都市を代表し、景観を形成し、その設計者と所有者の主張を具現化したものだと考えられている。
今でこそドカタをやっているわけだが、オレはずっと自分のことをアーティストだと思ってやってきた。機械だってアートだ。それはオレの主張を込めたものだ。何色に塗られたって、オレの意思に変わりはない。
残念ながら、多くの人は機械はアートではないと考えている。それは生産財であるから、およそ芸術ではない、と。
建築と同じく、ファッションも都市を形成するものとして多くの人がアートだと考える。以前は、車もこの範疇に含まれることがあったが、残念ながら国内における車の地位は個性を主張することよりも 中に何人詰め込めるかが重要視されるようになったために、現在では生産財に分類されることが多い。一般的に、芸術であるためには その存在からしてムダであることが好まれる。
家は一生で一番高い買い物だそうだ。買ったことないから正確にはわからないが、多分3000万円くらいからか? そして、多分 この値段の家はオリジナルではないだろう。アートか? とかいうレベルではないだろうが、何かしらの主張はあるし、できるだろう。
一方、同額払えれば、かなり大幅に主張しまくりの世界に一つだけの車を作ることができる。これはアートであることは間違いないと思われる。少なくとも、それを生み出す行為、作る方もそれにお金を払う方も、アートの領域にあるだろう。
しかし、残念ながら家は結構そこら中にオリジナルが建てられるが、オリジナルな車が走っているのをまだ見たことがない。このことが建築屋がアートを感じながら生きていくのを容易にし、機械屋がそうでないことの原因になっている。

あー、しかし、そんなことはどうでも良くって、オレは何か作りたいよ。この一年でオレが作ったものと言えば料理とここの駄文だけだ。
神様ごめんなさい、オレは才能を無駄にしている気がします。
時の列車デンライナー
次の駅は過去か 未来か。
始まって3ヶ月くらい経つのに、まだ2006年しか行ってないような…。
あれ、契約者の記憶の日に飛ぶだと未来に行くことないような…。
とりあえず、うちの息子は喜んで観てるからいいか。
こんなの考えた
CHIPSTAR 詰替え用
価値観のちがいとちかい
帰りの新幹線の中で、ブックオフで仕入れた海辺のカフカ読んでたら、主人公がウォークマンでプリンスを聞くというシーンが出てきた。正にウォークマンでプリンス聞きながら読んでたのちょっと驚いた。
村上晴樹さんは最近 翻訳ばっかやってるような気がするけど、それらのどれもが狙ったようにオレが10回以上は読み返した いわゆる愛読書なところがすげーなと思ってしまう。ライ麦畑の次がグレート・ギャッツビーだったのは比較的線形な気がしたけど、長いお別れが出たときは見張られてるんじゃないかって気がした。
オレが好きなもの≒村上さんが好きなもの ∴オレは村上晴樹が好き なのだなあ。だけど、オレ的には翻訳はいいから、オリジナルの、のめり込んで読める奴書いて欲しいよ。

水曜日、ビザの関係で一時帰国しているオーストリア在住の彼とあった。
あいつら、ほんとうに いいかげんですからね”と、それは何? 半年前のオレの真似なの? という言葉が彼の口から出ておもしろかった。あの時、彼は”そうですかあ、ボクはそんな風には思いませんけど。ボクにはあってます。”とか言ってた気がするが、やっぱりワーホリで日本人がやってる日本食レストランでバイトしながら語学学校に通うのと周囲20kmに日本人がいないような世界で働くのは違うのだ。価値観の違うところで 生きていくのは大変なのだ。病気になる前に帰ってきたほうがいいよと忠告しておいた。
S氏も無理やり呼び出して、オレは久しぶりに価値観の合う人たちと愉快な時間を過ごさせていただきました。
キミがいてくれるだけで
またまたベルサで帰って、ドイツ人の送別会をしてきた。別段行きたくはなかったのだけど、まあ つきあいということでしょうがない。
なので、2次会は行かずに帰ってきた。
今の会社に入って最初の飲み会のとき、一緒に座っていたドイツ人が隣のテーブルを指差して、"That is Japanese style!"といった。何のことを言っているのかというと飲み屋で寝てしまったサラリーマンだ。外国人には電車だとか飲み屋だとかの公共の場で寝てしまう日本人がとっても奇妙に見えるらしい。
同じころに新聞にコラム載せてたオーストラリア人の日本研究者は、日本ではソイツがそこでやる行動よりも、ソイツがそこにいることが重要視されることがこの現象の根底にあると主張していた。さっきの飲み会の話だと寝ているサラリーマンは もはやそこにいる意味がない。さっさと帰って風呂入って寝ろよというのが正論である。寝てしまったサラリーマンは飲み会に参加しているとはいえない。だからといって、おまえ もう帰れよとならないのが日本人社会である。寝ていてもそこにいることが重要なのである。もっと顕著な例は国会中継を観れば、いつでも見つけることができる。
同様にして、日本の会社でもそこにいることが求められる。オレは、朝から一日何して暮らそうかと途方にくれながら会社に行く。まったくやることがない。大きな会社、特に古いやり方で動いてるような会社だとオレのスピードについて来れない。もう、ずっと関係部署で調整がついたり、上の方で承認してくれたりするのを待ってる。おかげでやることが残っていない。だから定時に帰るのだが、しかし、それは許されないことだ。仕事があるとかないとか関係ない。みんな忙しいんだから、おまえもいろよというのが日本的な考えなのだ。ドイツでは忙しいといいながら3時になるとチュースって帰っちゃうのに。
12時すぎまで働いてる人は、そりゃ忙しいからやってるんだろうけど、やっぱり なんかおかしいよ。だって3時に帰ってしまうドイツは日本に次ぐ経済国なんだから。それにさ、いろって言われるけど、いなくたって ちゃんと会社は回っていくんだよ。キミがいなくて傾くような会社なら辞めたほうがいいし、そんな才能あふれるキミなら独立して自分のために働いた方がいいと思うよ。いや、そんなに簡単な話じゃないのはわかってるんだけど、やっぱり おかしい。
そんなわけで体だけは大事にしてくださいね。
ラッキー、今夜は満月だ
天気が良かったのでベルサで帰ってきて、自転車乗りに行った。
日が高いうちに走りに行けると思って帰ってきたわけだが、家を出るときには昔懐かしのIndigo Magic Desktopの壁紙のような夕暮れだった。なにわ自転車道に行くつもりだったけど、夕日を見て、猪名川・藻川自転車に変更。土手の内側走るより土手の上を通った方が気持ち良さそうだったので。で、まったくその通りで夕日に気を取られていたが、反対側には これまた見事な満月が顔を出したところだった。月夜に走るのも気分がいい。すぐに日が暮れたから、なにわ自転車道だったら橋の下の住人の人たちのこと気にしながら走らなくちゃいけないだろう。
そういえば、複数の人から前立腺炎になったのは自転車に乗りすぎだと云われた。そうなのだろうか? オレの自己診断だと、ストレスと毎日朝から晩まで座りっぱの生活のためだと考えているのだけど、確かに自転車は控えましょうと書いてあるサイトが多い。でもストレス発散のために自転車乗ってる人はどうしたらいいんでしょう? いいサドル買うと何かちがうのだろうか?
オトナノオモチャ
最近、職場に張ってあるポスター、夢っていう字だけがオレンジ色で マネしたんじゃないか?っていう字体で書いてあって どうしたって目に付いてしまう。アイデアコンテストの開催の告知だ。
いつか書こうと思っていたけど、社会人になって最初に設計したのはオトナノオモチャだ。
まだ、工場実習中でラインに入っていたのだけど、ある日の午後、2交代勤務だったので本当に午後だったのか、時刻とは無関係に勤務時間の便宜上の午後だったかはわからない。その班で3番目くらいにエライ人がやってきて、オレにそれを設計するように言ったのだ。
その人の説明だと、立場上、仕方無しに書いたアイデアコンテストの応募書類が、何を間違ったのか書類選考を通ってしまったために実物を作ることになってしまった。だけど、その人はテキトーに書いただけなので何をどうしていいのかわからない。オマエ、代わりに設計してくれ。それを設計できて、やってくれるなら2日間ラインを外れていい。2日間は冷房のガンガン効いた部屋で設計してていい。できないんだったら、そう言え。いつも通りラインに入ってろ。無駄にラインを外れるわけにはいかん。
学校出たてのオレは、当然そんなものは設計したことなかったけど、たとえできないにしても、この申し出は断るには魅力的すぎた。2日もラインから抜けれるなんて。夏の日に。
で、オレはそれを設計したわけだ。何を設計したかといえば、”昔、縁日とか駄菓子屋とかで売っとったやろ。小さい風船みたいな袋を握ったり放したりすると、細いチューブで繋がったおもちゃのカエルの足が伸びたり縮んだりして、ぴょこぴょこ跳ねる奴。アレの大人が乗れる版。大人がカエルに乗って工場エアーで飛ばすんよ。オトノオモチャ。”
オレは、とりあえず大人の重量を飛び上がらせることができるエアシリンダーを選定して、足のリンクの機構とエアシリンダーの取り付け位置を設定して、残った半日を冷房の効いた部屋でアイスコーヒーを飲んですごした。
アイデアコンテストは休みの日に行われるので、オレはそれが実際に飛んでいるのを見なかった。当時から休みの日に会社に出かけるとか、設計したものが現実になったのを是非見たいとかは選択肢として優先順位が低かった。一度だけ、製作途中のオトナノオモチャを見せてもらったが(つまり、作ってるときでさえ一度しか顔を出さなかったのだが)、エアーを繋いで脚を動かしてもらったとき、そのあまりのリアルさ、カエルのおもちゃそのもの加減に腹が捩れるほど笑ったのを覚えている。
後で聞いた話では、オトナノオモチャは午前中は調子良く跳ね回っていたが、いやむしろ引っ張りだこで、みんなが先を競って飛び回っていたが、その結果着地の衝撃に耐え切れず壊れてしまった。なので、午後の最終審査の際には、ただの置物だったらしい。オレは飛ばすための機構を設計してくれと言われただけなので、フレームや着地用のショックアブソーバやらは責任範囲外なのだ。
ロボットブームっていうのがあったかどうかわからないが、福岡市はロボット特区でロボットスクエアていうのがある。ここに行けば幾つかの(ゴミのような)ロボットを見ることができる。ここにおいてあるものには、オトナノオモチャのようなインパクトもリアルさもない。オレの設計屋としての第一歩はロボットだったのだろうか? それとも乗り物だったのだろうか? あるいは設備機械だったのだろうか? よくわからない。オトナノオモチャ。
ノヴァ友
10年以上にストレスとは無関係に生活してきたので、現実世界のストレッサーのはびこり方にうんざりしてしまう。世の中ストレスまみれなのは、ブックオフに行くと”うつ”って棚があることからも明らかだ。
何の知識もないのにストレスとうつを結びつけてしまっているけど、でも、世の中の多くの人が自分はうつではないか?と疑念を抱くことでブックオフのうつの棚は成立しているのである。オレが必ず探す”将棋”のタグが挟んである場所にはせいぜい2冊くらいしかないのに。
で、英会話教室なのだけど、みんな英語を習いに行ってるわけじゃないのね。誰かと話がしたいのがメインでしょ。人と話をするのが一番ストレス発散になるからね。英会話教室に集う人たちなら、比較的近い価値観や目標を共有していることが多いだろうし。人は価値観の近い人たちと人生を共有できることが一番幸せなのではなかろうかと最近になって思い至っている。
先日のYahoo動画だってそうだが、野球を見たい人たちがたくさんいるからP2Pの野球中継を滑らかに表示できる。試しに山本梓くんのPVを再生してみたらぜんぜんダメだった。価値観を共有できる人がいないようだった。
オレには不思議でしょうがないのだけど、大きな会社では、ときどき大きくなくても、社員さんたちは価値観や目標を共有してないのだ。価値観はしょうがないだろうけど、同じ会社なんだから目標くらい統一されてほしい。社員さんたちは、てんでバラバラな主張をし、目標だって(あれば)バラバラだ。同じ組織だけどチームではない。ストレスを感じないで生活するのは困難だと思う。今のオレのように隣の席の奴がかばんに空手着おしこんでパワーアンクル巻いて出社してくる奴だったら、最大公約数って存在するのだろうか?
世の中の人は、多かれ少なかれオレと似たような状況だろう。だから、みんな英会話教室に友達見つけに行く。


……ココまで書いたら、英会話教室で伴侶を見つけた人がいるのを思い出した。オレはただオレのストレスのことを書いてただけで、ノヴァ友、いいと思うよ。
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