ここは跡地です
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水源
建築屋さんに行ってたイトコが転職したらしい。
京都の大学に行ってたので、オレが身元保証人とかしてたのだけど、社会人5年生くらいだろうか。やりたいことがやれないからとかで会社を出て、新しい会社を興す人たちについて行ったらしい。
建築屋さんは、すぐ独立できて先生と呼ばれるようになるから羨ましいといったのは、前の会社で取引があったところの設計課長さんだ。機械屋だとそうはいかない。もっとも一連の事件のおかげで建築士は胡散くさいものになってしまっだようだけど。
課長さんの言葉で、やっぱり独立という言葉は羨望の対象なんだなと改めて感じた。機械にしろ建築にしろ、設計やってる人は誰だって、ハワード・ロークみたいにお気に入りだけやってたいと思うはずだ。独立という響きは、それに近づいてるような印象がある。
もちろん、そんなに甘くはないだろうよ。だけど、お気に入りでない仕事だって、宮仕えでやるのと、自分の城を構えてやるのではモチベーションが違うだろう。独立という言葉は、そんな風に完熟熱帯性果実のように甘ったるい匂いで充満してる。
もう何年もずっとずっと独立のことを考えてるわけだが、ただただ匂いを嗅いで中身を想像するだけだ。オレのアドバイザーが言うように、必要なのは一歩を踏み出す勇気なのかも知れない。その人は確かに一歩を踏み出して、頂上付近まで登りつめた。だけど踏み出した先が上り坂かは誰にもわからない。オレが踏み出す先は崖なのかも知れない。というか、オレは崖に踏み出そうとしているという恐怖を拭い切れない。
たった一歩、歩き出せば簡単なのかも知れない。先のことはどうなるか誰にもわからないんだから。ダメだったら、それこそハワード・ロークのように石切り場で働けばいいんだよ。おばちゃんにも、独立しろっていわれたじゃん。
行って戻っての思考は、波のように いつまでも続く。
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