ここは跡地です
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RBR
リチャード バーンズ ラリーが近所のスーパーで10EURで売ってた。リチャード バーンズも亡くなったし、RBRの開発元もなくなったので、この記念碑的なソフトウェアがこれ以上発展することがないのを非常に残念に思う。
モータースポーツの根底にある興味、誰が一番速く車を走らせることができるのか? について、もはや車を実際に走らせる必要はないんだということをRBRは感じさせる。
実際に車を走らせるのに幾らかかるのか、オレは知らない。でも、コンピュータの前に座って、シミュレータを操作するのとは桁違い、1桁、2桁ではなく、なのは、誰だって想像できる。シミュレータならクラッシュしても、誰も死なないし修理も必要ない。ピットクルーもマーシャルも要らないし、広い場所も必要ない。周辺住民の騒音苦情もない。時間、時刻による制約だってない。
実際のレースを生で観るのは、確かに迫力がある。だけど、多分、レース当事者には わかりにくいことだけど、スタンドから観るレースは退屈な場面が多い。目の前を車が通り過ぎるのは一瞬で、次の周回までは何も起きない。ごく一部を除いて順位表示もない。観客は正確な順位は分からないことが多い。ピットにいるレース当事者が当然のように持っている情報は、なぜか観客には提供されない。
サーキットで行われるレースがこんな調子なので、ラリーに至っては絶望的に観客の得るものは少ない。どちらの場合にも、テレビ観戦ならば解決される部分が多いように思われる。テレビカメラはトップを追いかけるし、気が利いてればバトルを移してくれるし、ラップタイムも表示してくれる。
更に、全てがコンピュータの上で行われる仮想的なレースなら、観客は欲しい情報がすべて手に入れらるだろうし、現実には不可能なカットで観戦することもできるだろう。僻地のサーキットで渋滞に巻き込まれることもなく、自分の家でソファに転がって観ることができる。現実のサーキット観戦だとよくあることだけど、うたた寝してしまっても、観客はいつでも好きな時に好きな場面から観ることができるだろう。現実の車、サーキットを使わない仮想レースは、メンテナンス、移動、天候、時刻の影響を受けないから毎日毎晩開催できる。
想像できる仮想レースのデメリットは、臨場感以外に思いつかないのは、もうレースに興味がないからだろうか?
モータースポーツがスポーツかどうかの議論は別にして、車という機械の操作方法を競うという性格上、車がコンピュータに置換わったとして、何が違うのか? もう一方のモータースポーツの興味の対象である、どの車が一番速いのか? についても、実際に車を作る必要はなくなるだろうし、なくなりつつあるのは、現実に車を作っている人たちが一番感じているだろう。大多数の人の興味が車の速さより、燃費や何人乗れるのかを気にする時代にモータースポーツが生き残るのは厳しい。車を速く走らせることができるから、なんなんだろう? 息子をFポンに連れていった時、息子の第一声は、あれは人が乗っているのか? だった。今の時代、車を人が運転することさえ、必然じゃない。
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お盆
8月になってから寒い日ばかりだから、今朝の靖国参拝ニュース映像はオレの生活の中で唯一お盆を感じさせる出来事だった。でも、今日は雨が降っていたので比較的暖かかった。外気温16度。
速度無制限なアウトバーンは、さぞかし綺麗に整備してあるのだろうと思っていたけど、実際は日本の高速より路面は荒れてる。今朝みたいに雨が降ると、ワダチを通るのが怖い。速度無制限なのはハードが対応しているからではなくて、ソフトの、運転手の技量またはハートの問題だ。
この先道路がうねってますよの標識、確かに下道でも120km/hで走ることを考えると有用な情報なのだけど、標識立てる前に道を直そうよ
と思う。
ドイツ人は部屋の灯をつけるのが嫌いだ。だからオフィスはいつも薄暗い。今日みたいに雨だと日本人にはつらい。モニターを見る目が痛くなって来る。でも、ドイツ人は、車のライトをつけるのは大好きで、ちょっと曇ってるかな程度で8割くらいの車が点灯走行だ。
環境破壊にうるさいドイツでは、一般家庭で洗車することは許されない。洗剤が環境汚染に繋がるからだ。なので、水洗いだけの洗車なら許されるらしい。当然、信号待ちではアイドリング推奨で、それ用にエンジンストップ、エンジンスタートの信号が別についている所もある。気持ちはわかるけど、どこでも100km/hオーバーで走るのを止めるようのが先だろ思う。
何かにつけて、ドイツ流の考え方は偏りが激しいような気がする。
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