ここは跡地です
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こっちに来て すぐ気付いたことだが、彼らは話が長い。
日本人で あんなに話が長い奴は見たことない。
うちの6才の息子が同じことを言うくらい、話続ける。

こっちでは、一人が長々と話し、周りは聞いてる。話が終わると次の方どうぞで、また長々と話す。
見てるとみんなで一斉に声を上げて笑うことも少ないようだ。たいがい、喋ってた そのひとりだけが笑っていることが多い。つまり、ウケていない。
で、伝分してもらうと最初の人の言ってる内容と違ってることが多いのだけど、これは、そもそも聞いていないからなのか、話が長すぎて覚えていられないからかはわからない。

多分、この会話形式のためだと思うのだけど、こっちのコメディアンは一人で
えんえん話してる。おもしろいのかどうかは知らない。一方、我らの日本では掛け合い漫才が主流だ。
落語だって、一人でやってるけど中身は掛け合いだしね。日本は掛け合いの文化だ。お前はこういうけど、じゃあなにかい、はっつぁん と やるわけですね。

そして、また想像を飛躍させると、こっちの組織はリーダーを中心にまとまるようなものなんだろうなって気がする。一人の演説者とその他の聴衆。一人のリーダーとその他の構成員。こういうタイプの組織はリーダーが優秀であればあるほど、組織として力を発揮する。だけど、リーダーの能力を超えることはないから、リーダーに能力がなければ悲惨な結果になりますわね。しかし、欧米だと歴史の上で有名なリーダーって沢山思いつくし、現代の人でも
何人か挙げることができるような気がする。
一方、日本は掛け合い文化なので こういう形式の組織はあんまり見かけない。思いつくところだと京セラの稲盛さんかな? 或いは、小さな会社には多いかな? ついて行きたいみたいなリーダーシップの人には 会ったことがないけど。掛け合い文化の日本では、ホンダでいうところのワイガヤ的なものがあってると思う。つまり、複数人がそれぞれの意見をなんでもいいから持ち寄って、なんとなく解決の方向へ話を持っていく手法。リーダー中心より有機的な感じ。これだと、優秀なリーダーがいなくても、それなりの結果を残せるし、構成員個々の能力を超えたものを創造できる。宗一郎さんは優秀なリーダーだったんだろうけど、藤沢さんの話を聞いたからこそ成功に至るわけだし。

と、いうようにして文化論を語りたくなるのは、何かにつけて日本の優秀さを感じてしまうからですよ。ソフトにしろハードにしろ。なんで、こいつらにはできないのだろうかって、考えてしまうのです。
おまえら、日本では、電車に落書きされていないし、シートも破られていないって感心するけど、そんなのしないのが普通だろって、思ってしまう。ほんと、なんでできないんだろう?
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